tkenichi の日記

毒舌皮肉系恥さらし日記

スーパーコンピューターを20万円で創る

スーパーコンピューターを20万円で創る (集英社新書)

スーパーコンピューターを20万円で創る (集英社新書)

いろいろなところで話題になっているが、うわさにたがわず面白い。題名だけ見ると「○○の作り方」的なハウツー本を想像させるが、内容はさにあらず。天文学を研究する大学の研究室が天文計算をする専用のスーパーコンピューターを一から創ってしまう、というドキュメンタリーっぽいお話。著者はそのチームの一員だが、本文中は自分を三人称で記している。

そのスーパーコンピュータは計算機方面の業界の人にはGRAPEという名前で有名だろう。多体問題を数値計算で解くためのもので、チップは市販のものを使っているが、設計や配線、インターフェースはほとんど独自で行っている。コンピュータのハードの専門家でない著者が周りの人から学びながら開発を続けて完成に至る道のりはまさにドラマチックである。そして実際に稼動して、巨大銀河誕生のシミュレーションを実行して結果を出すあたりが、クライマックスだ。大学院生の日常や、教授との会話などの描写も具体的で、読者も実際に研究室の一員であるかのような錯覚を覚えるほどだ。

文体が理系のレポートのように堅苦しくなく、時に人間くさいエピソードを交えながら、話が展開していくのは著者の文才によるところが大きい。それもそのはず、本文でも触れているが、著者は漫画「栄光なき天才たち」の原作者もしていたのだそうな。

ただ後半以降が GRAPE プロジェクトの年代記のようになって、前半に比べて無味乾燥な描写になってしまったのは残念。プロジェクトの記録という目的のためには仕方なかったのかな。最後のほうで、多体計算と生命科学やホログラフィとの関連からGRAPEプロジェクトや著者自身の研究が発展していくくだりがあるが、このあたりの話がもうちょっと読みたかったな。


著者自身『電脳進化論』で取り上げられたときのインタビューに「作るのは簡単だった」と答えて後悔していた、と述べているが、才能のある人は他の人なら難しいことでも簡単にできてしまうので、結果としてそういう印象をもたれてしまうことは多いのかもしれない。でもこの本を出すことで、その現場に立ち会った人の苦労とともに、何かをゼロから作り上げることの楽しさと興奮を伝えることはできていると思う。これを成功するプロジェクトのモデルケースにするのは、人との出会いや時代背景もあって難しいと思うが、プロジェクトにおけるチームの役割分担は参考になる部分も多いだろう。