完全なる証明
- 作者: マーシャ・ガッセン,青木薫
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/11/12
- メディア: ハードカバー
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いまさらなのだけれど、夏休みの読書感想文と言うことで。
面白さのポイントは3つ。ポアンカレ予想そのものに関する興味、ロシアの数学英才教育の実態、そしてペレルマンと言う稀代の天才、である。
この本が執筆されるときには、既にペレルマンは外界との連絡をほとんど取っておらず、従って著者は本人に会うことなく取材を行うのだが、丹念に幼少からのペレルマンの足跡をたどっている。特に数学クラブでの少年時代のペレルマンを描いた部分では、著者自身もソ連の数学エリート教育を受けてきたため、問題を解くことに没頭することが崩壊前のソ連の閉塞感から逃れることとつながっている感覚がよく伝わってくる。日本人が受験勉強で数学の面白さに目覚めたと言うのとは質が違う、何と言うか、数学の世界を自分の拠り所にしているような、そんな感覚だ。それから時が経ち、ちょうど業績をあげはじめた時期とペレストロイカ・ソ連崩壊の時期が重なるのもいいタイミングだったのかもしれない。
ペレルマンをめぐる数学者の人間関係も良く取材している。彼は数学オリンピックの問題を解くのと同じような感覚で、難問を次々に鮮やかに解いていく。研究者のグループの中に入るというよりも、一人で問題に挑むが、その才能は徐々に知れ渡るようになっていく。特にこういう人物を描くときには一般受けするエピソードをふくらませて、読者の印象を決めつけるきらいがあるが、一つ一つのエピソードを積み重ねていく手法は好印象だ。グロモフやチーガーと言った昔論文の中でお目にかかった数学者がこの物語の中でも重要な役割を果たしているのは感慨深い。同業者の評価から言っても、ずば抜けた才能を持っているのは良くわかるし、世間で強調されるような変人ぶりよりもむしろ、あまりにひたむきに問題に向き合っているという感じである。
ポアンカレ予想そのものの解説についてはそれほど詳しくないので、それが目的なら他の本を当たるほうがいいと思う。一通りのトポロジーの解説もしている。著者も数学のバックグラウンドがあるので変な比ゆを使わずに、むしろ王道の説明をしている。この部分の記述を手伝った数学者も、メディアなどでポアンカレ予想が「宇宙の形」に関する話だと説明されるのに違和感を感じるというところには、共感できてちょっとうれしかった。