ダメなものは、タメになる
- 作者: スティーブン・ジョンソン,乙部一郎,山形浩生,守岡桜
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2006/10/04
- メディア: 単行本
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いわゆる「ゲーム脳」説や、つい最近もマスコミで取り上げられた「ゲーム漬けがいじめに影響」説、古典化している「リセットボタンでやり直せるようなゲームが、命を粗末にする傾向を生む」などという『トンデモ』説に対する、まともな反論をしている本です。
要点は、本の最初に書いてある
ポピュラー文化は平均としてみれば、過去30年にわたりますます複雑になり知的な要求度も高まった
と言うことに尽きます。ゲーム、テレビ、インターネット、映画と言った大衆メディアは低俗化、愚鈍化して行くどころかますます複雑化しているということを説明しています。ゲームが初期の「パックマン」から「シムシティ」「ウルティマオンライン」まで複雑化したのはなぜか。テレビ番組も(本に出てくる例はアメリカのテレビドラマばかりなので中身まではわからないけど)登場人物が増えてその間の人間関係が複雑になり、同時進行している話のスレッド数が増え、発信側と観客が共有する「記号」も増えているのはなぜか。この本では、ゲームは脳の報酬回路を利用して、子供たちに意識せずに学習させることを可能にしていると述べています。探索したり、試行錯誤したり、仮説を立てたりすることをゲームの中で自然に行うことで、そういう能力が高まり、その結果ゲームにさらに複雑なものを求めてきたと言うことです*1。テレビ番組の場合は、再放送やDVDなどで繰り返し見ることができるようになって、繰り返して見られることに耐えうる複雑さが要求されてきた、とこの本では述べています。
ゲームやテレビ番組が複雑になっていて、それが人間の知性を向上させていると言う仮説のひとつの証拠としては、IQ得点の増大を挙げています。IQは普通、平均に対する偏差と言う形の指数で表されるため、平均値そのものにはあまり注目されていませんが、1970年代末の哲学者フリンの研究によると、過去46年間でアメリカ人の平均IQは13.8点上昇しているのだそうです*2。もちろんIQが知性を計る万能の尺度ではないし、IQ得点の上昇とメディアの複雑化との因果関係は仮説に過ぎないのだけれど、ゲームのほとんどにパターン認識や探索の要素が入っていることを考えれば、影響がないとは思えません。
内容は上記のような感じですが、10年単位のデータの変化を分析していたり、センセーショナルな事例に影響されないように書いていたりと、書き方は共感できるし、内容も大筋は同感です。もちろんゲームに対して甘い見方をしていると言う面はありますが、ゲームやネットに対してあまりに偏った見方から批判している勢力がこの国のメディアの主流になっている状況を見ると、これくらいの対抗軸があっていいような気がします。漫画とアニメに対する分析が欠けているのが惜しいです。日本での分析を誰かやっていないかな?
この本でも再三強調していますが、読書のような従来からある知識の習得方法の利点を否定するわけではないのです。でも上の世代の人のゲームやネット批判って、ゲームもネットもろくにしたことないけど、「自分のよくわからないもの=悪」のような、結論先にありき的な議論が多いので、飽き飽きしていました。同じように飽き飽きしている人がいたら、この本を読んでみてください。きっと面白いから。