過去形ではない、よね
本の感想だけではまとまらないので、別エントリーに。
自然科学の研究者であれ、芸術家であれ、プログラマーであれ、コンピュータに興味を持つ人は、誰しもコンピュータの中に現実や頭の中の想像の世界(せめてよく似たもの)を再現したいと思ったことがあるんじゃないかな。
そういう世界を構築したいという気持ちと、その中に入り込みたいという気持ちが人工現実感の研究の源泉になっているんだと思う。でも、現実と切り離した世界を構築して、そこに没入する環境を作ることに固執しすぎたのが過去形で語られている原因ではないかな。
今や世界はネットでつながり、ユビキタスで情報がどこにでもある時代。サイバーな世界は砂場の中にあるのではない。だとすると、人間との関わる部分であるインターフェースが多様になっていく方向と、その上でインタラクティブで他とつながるようなものがいかにして作るか、を追求することが、過去形じゃなくて、未来形として語られるようになるかの鍵だと思っているんだけど。こんなことわかっている人はとっくにわかっているよね。SIGGRAPHの論文とか、IVRCの作品を見ていれば傾向はわかる、はずだし。