オープンサイエンス革命
- 作者: マイケル・ニールセン,高橋洋
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2013/03/28
- メディア: 単行本
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IT の世界では Linux をはじめとするオープンソース文化によりさまざまな人々の貢献の成果を利用することができるし、Wikipedia では専門的な内容の知識まで得ることができる。このような、いわゆる集合知をサイエンスの分野に使えないだろうか、またそれを実現するにはどうすればよいか、を論じた本である。
著者自身も理論物理学者としてサイエンスの研究者でもあることから、単なる集合知ではなく科学の発展のために何が必要かを理解している。思いつきや根拠のない楽観論ではなく、きちんと課題も整理されている良書であり、これはいまこのタイミングで読めてよかったと思う。
この本で議論しているオープンサイエンスの特徴を、まとめてみる。
専門家はどうしても知識が深くなる代わりに範囲が狭くなりがちである。ある問題を解決するには、その専門家の領域だけでは足りないことも多い。オープンサイエンスでは、多くの人のミクロ専門知識を掘り起こして問題を解決する。これを、問題とその解決手段を結びつける「デザインされたセレンディピティ」と呼んでいる。それを実現するためのオンラインツールとしては、課題を小さく分割して小さな貢献をしやすくすることと、参加者に解くべき問題をうまく誘導する注意のアーキテクチャが必要だという。
グループで意見を一致させるには、意見を評価する基準を共有していなければならない。数学の証明やプログラムの性能(実行時間)といった明確な基準があれば、集団で目標に向かって考えることができるが、政治や芸術のような評価基準が個人個人で異なるものは、結局集団での意思決定は多数決などの方法によらざるを得ない。この本では「共有プラクシス」とよんでいる、一定の知識とテクニックの体系の有無が、集合知を増幅させるための基本要件であるという。
理工系の専門教育を受けた人なら、科学の成果はデータの分析に基づくものであり、有用なデータを取ること自体が研究のお起きのプロセスであることを知っているだろう。しかしながら科学の発展により、大規模なデータを取ること自体が大きなプロジェクトになり、その結果としてその大規模なデータはかけた予算の見返りとして、多くの人に公開されるようになってきた。ヒトゲノムプロジェクトやスローン・デジタル・スカイサーベイなどだ。それが将来、知識を結びつけるデータネットワーク「データウェブ」になるはずだという。
オープンサイエンスのさきがけとなっているプロジェクト「ギャラクシーズー」や「フォールドイット」では、アマチュアの人々が科学の発展に貢献できる仕組みをうまく作っている。前者では大量の天体観測画像の中から新種の銀河が発見され、後者ではたんぱく質の構造を予測するための仕組みをゲーム化して、正確な折りたたみ構造を解明しようとした。このような科学の民主化によって、社会における科学の役割も変わっていくだろうという。
他にも、科学の分野でのオンラインコラボレーションの実例や、いろいろ示唆に富む問題提起など多数ある。ネットの意見なんて眉唾だと思っている理工系研究者はだまされたと思ってぜひ一度読んでみるといいのではないかと思う。オープンサイエンスが普通になる社会、夢物語かもしれないけど、世界がこの方向に進んでいくことに賭けたいと思う。
2100年の科学ライフ
- 作者: ミチオ・カク,斉藤隆央
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2012/09/25
- メディア: 単行本
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物理学者の視点で100年後の世界を予測するとどうなるか。
いわゆる未来学者や経済学者の予想だと、どうしても現在の進歩をそのまま延長して線形的に予測してしまいがちであるが、ここでは指数的な進化や非線形的な進化をすると思われるものや、テクノロジーの進化に物理法則による限界が存在するものを考慮に入れているところが面白い。特によく出てくるのが半導体に関するムーアの法則で、これによってチップ(≒計算能力)が指数的に増大することで得られる世界像を予想しつつ、量子力学的な限界からいつまでも続くことではないことも言及している。
また、どんなに技術的には可能であっても人間がそれを選択しない場合があることについても述べられている。それは「穴居人の原理」という形で示されていて、獲物の証拠を求めたり、直接会いたがったりすることが、10万年以上前から人類がずっと持ち続けている特質であるとした。いままでの技術もこの原理に合うものが受け入れられてきたし、これからもそうだろう、という著者の視点は斬新で非常に面白かった。予測されているテクノロジーの一つ一つはすでに研究室レベルでは実現されているものも多いが、それが実現するかどうかはこの原理、そして社会が投入できるコストに依存するとのこと。
20年後ぐらいまでの近未来、2070年ごろまで、そして2100年ごろ、と3段階に分けて予測していて、2100年の時点での予測にいたるまでの経緯がわかるようになっている。近未来はほぼ線形で近似できる予測、その後に進化に限界があるものや、ブレイクスルーがおきるものや、目指す方向性が変わるもの、などがあってその結果として見えてくる2100年の世界にわくわくする。
扱っているテーマは、コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行、そして富。個人的に面白かったのは、原子レベルの物質のデザインができるようになって、100年後には何でも作ることができるレプリケーターが実現するという予想と、エネルギーは磁気の時代になって移動に関するコストが大幅に縮小するという予想。ぜひ実現していてほしいし、その世界を体験してみたい。
どこまで予測が当たるのかわからないが、5年後、10年後に読み返してみたい本だ。
ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」
ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
- 作者: アポストロスドキアディス,Apostolos Doxiadis,酒井武志
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2001/03
- メディア: 単行本
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連休中に久しぶりに小説を読む。
数学者を題材にした小説は多数あるが、問題が解けたときの喜びではなくて、解けないときの苦しみをここまで表現しているものは少ないのではないだろうか。自分の才能を信じて、難問にチャレンジしようとする意気込み、誰かに先を越されてしまうのではないかという恐れ、そしてうまくいかなかったときの絶望。誰もが経験する感情でもある。しかし数学者の場合は特に自分の能力の結果として受け入れなくてはならず、まさに精神を削る営みであるということが主人公の伯父さんの告白を通して語られていて、引きずり込まれる。その伯父さんはゴールドバッハの予想が解けなかったことの言い訳をあるものに求めるのだが、それは・・・ネタばれなので伏せておこう。
カラテオドリ、ハーディ、ラマンジャン、チューリング、およびゲーデルなど20世紀前半の実在の数学者も登場しているので、まるでノンフィクションのようにも思えてしまう。もちろん脚色はあるだろうが、実際の知られているエピソードから想像される性格そのままにこの小説にも登場している。
主人公の父親が物語の最初に言った「人生の秘訣とは、達成可能な目標を定めることだ」を物語の最後に主人公の友人が繰り返すが、その言葉から感じる印象が大きく変わってしまっていた。
この世で一番面白いミクロ経済学
この世で一番おもしろいミクロ経済学――誰もが「合理的な人間」になれるかもしれない16講
- 作者: ヨラム・バウマン,グレディ・クライン,山形浩生
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2011/11/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ほとんど漫画なので、あっという間に読めてしまうが、ポイントはおさえていて大事なことは頭に残る。はじめにミクロ経済学の教科書があってそれを漫画化したのとは違う。漫画ということを前提に、どうすれば面白く表現できるかを最適化した結果がこのテキストだと言っていいと思う。
普通の教科書だと、用語の定義や経済の法則の説明の羅列的になるところ、ここではミクロ経済学の大きな問題
個人にとっての最適化の結果が、集団全体にとってもよい結果になるのはどんな場合?
に取り組むための手段として、いろいろな理論が説明されていくので、知識が断片的にならず、問題意識を持って読み進めることができるのがすばらしい。特に「コースの定理」と需要供給曲線と限界費用と限界便益の曲線との2面性の説明はとてもわかりやすい。
理論的な内容を説明するときはどうしても一歩ずつ定義的な説明をしてしまいがちになるが、うまい比ゆと図式を使えば、すぐに本質へたどり着くことができる。自分が書く立場になったときにも参考になりそう。
State Complex
もともとはロボットアームの状態遷移を記述するためのものだったと思われるが、意外と応用がありそうなものに Configuration Space と State Complex と呼ばれる概念がある。グラフの場合に特化して、簡単に要約してみる。
グラフ G があるとする。向きはついていないものとする。
k = 0,1,2,3,... について G の Discrete Configuration Space を以下のように定義する。
- グラフ G の頂点または辺からなる k 個の列
- 辺の端点と、頂点はすべて異なる
たとえば、Gとして、下のようなグラフを
考えると は次のようになる。
- (e0,e2) (e1,e3) (e2,e0) (e3,e1)
- (e0,v2) (e0,v3) (e1,v3) (e1,v0) (e2,v0) (e2,v1) (e3,v1) (e3,v2)
- (v2,e0) (v3,e0) (v3,e1) (v0,e1) (v0,e2) (v1,e2) (v1,e3) (v2,e3)
- (v0,v1) (v0,v2) (v0,v3) (v1,v0) (v1,v2) (v1,v3) (v2,v0) (v2,v1) (v2,v3) (v2,v0) (v3,v1) (v3,v2)
辺が含まれている個数を次数として複体を定義することができる。
境界作用素は辺に対して、その端点を与えるものとする。
係数は で考える。グラフが向きつきの場合は、向きに応じて符号を与えて、係数を で考えることができる。
この複体を State Complex という。これを図形として実体化したもの(2次元の複体を四角形とするような Cube Complex)を Configuration Space という。この例の場合、四角形が 4 個、線分が 16 個、頂点が 12 個あるような図形になる。下の図の赤い点を張り合わせたような図形である。
Helly の定理
離散幾何の有名な定理で Helly の定理というのがある。
の m 個の凸集合について、任意の n+1 個の部分族の交わりが非空ならば、すべての交わりも非空である。逆は自明なので、以下が言える。
Helly の定理
この証明をいくつか探しているうちに、Homology を利用したもの(というよりも、この定理を Homology 理論の言葉に翻訳したものと言ったほうがいいかもしれない)があったので(証明はかなりいい加減だが)紹介しよう。初等幾何と、トポロジーをつなげるよい例だと思う。
まずは開被覆(Open Cover)に対する Nerve の定義から。
Nerve の定義
開集合の族 が与えられているとする。添え字集合を とする。
の Nerve とは、添え字集合の部分集合で、その部分族の交わりが存在するものをいう。空集合は Nerve に含めるとする。
Nerve から自然に複体 (Complex) が定義できる。k 次の複体は、k+1 個の添え字の部分集合で、順序を考慮したものが生成する加群で(添え字の置換で置換の符号倍で作用する)、境界作用素は、添え字をひとつ除いたものの交代和である。
これから定義されるホモロジー群について、Nerve Lemma が成り立つ。
Nerve の交わりのすべてが空集合か可縮であるとき、Nerve から定義される複体のホモロジー群と、和集合 のホモロジー群には自然な同型がある。
Helly の定理の仮定を満たす場合、Nerve Lemma の仮定を満たす(凸な開集合の交わりは空集合か可縮)ことに注意する。
ホモロジー論から(Alexander duality を使う) について、
が成り立つ。
以下では とする。Helly の定理の仮定を満たすとする。
Nerve から定義される複体を考えると、
は n+1 個の添え字の部分集合すべてから生成される可群になる。一方、 であるから、
境界作用素の Kernel( ) は Image( ) と一致する。
Kernel を書き下すことで、 は n+2 個の添え字の部分集合すべてから生成される可群になることがわかる。
以下、帰納的な議論で が m 個の添え字の集合から生成される可群になる、すなわち がわかる。
結局は、Nerve から定義されるホモロジー群について が Helly の定理をホモロジー的に言い換えたものだと解釈してよいのだと思う。