ピアニストの脳を科学する
- 作者: 古屋晋一
- 出版社/メーカー: 春秋社
- 発売日: 2012/01/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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人間が記憶する能力は言語化によるところが大きいのだと思っていました。しかし、音楽家は暗譜しています。それは楽譜をそのまま覚えるのではない。音楽家がどのように脳を使っているかの研究結果によると、暗譜は視覚野の神経回路を活用しているそうで、かつ、楽譜の情報を圧縮して記憶しているそうです。
また、ピアニストが俗に指に覚えさせる、と言いますが、実際にはピアノを弾くために脳を進化させるのだそうです。たとえば、音楽を聴いただけで指を動かすための神経細胞が活動するとのことです。ピアノの先生が言う脱力する、という意味も鍵盤を叩くのに重力や慣性力をうまく利用してるということもわかってきているそうです。
ピアノ演奏の技術を、医学と工学の立場から解明しようとしていて、たくさんの驚きがある本。今まで芸術家の感覚としてしか説明できなかったことを、科学的に説明しようとする大胆な試み。面白かった。
オープンサイエンス革命
- 作者: マイケル・ニールセン,高橋洋
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2013/03/28
- メディア: 単行本
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IT の世界では Linux をはじめとするオープンソース文化によりさまざまな人々の貢献の成果を利用することができるし、Wikipedia では専門的な内容の知識まで得ることができる。このような、いわゆる集合知をサイエンスの分野に使えないだろうか、またそれを実現するにはどうすればよいか、を論じた本である。
著者自身も理論物理学者としてサイエンスの研究者でもあることから、単なる集合知ではなく科学の発展のために何が必要かを理解している。思いつきや根拠のない楽観論ではなく、きちんと課題も整理されている良書であり、これはいまこのタイミングで読めてよかったと思う。
この本で議論しているオープンサイエンスの特徴を、まとめてみる。
専門家はどうしても知識が深くなる代わりに範囲が狭くなりがちである。ある問題を解決するには、その専門家の領域だけでは足りないことも多い。オープンサイエンスでは、多くの人のミクロ専門知識を掘り起こして問題を解決する。これを、問題とその解決手段を結びつける「デザインされたセレンディピティ」と呼んでいる。それを実現するためのオンラインツールとしては、課題を小さく分割して小さな貢献をしやすくすることと、参加者に解くべき問題をうまく誘導する注意のアーキテクチャが必要だという。
グループで意見を一致させるには、意見を評価する基準を共有していなければならない。数学の証明やプログラムの性能(実行時間)といった明確な基準があれば、集団で目標に向かって考えることができるが、政治や芸術のような評価基準が個人個人で異なるものは、結局集団での意思決定は多数決などの方法によらざるを得ない。この本では「共有プラクシス」とよんでいる、一定の知識とテクニックの体系の有無が、集合知を増幅させるための基本要件であるという。
理工系の専門教育を受けた人なら、科学の成果はデータの分析に基づくものであり、有用なデータを取ること自体が研究のお起きのプロセスであることを知っているだろう。しかしながら科学の発展により、大規模なデータを取ること自体が大きなプロジェクトになり、その結果としてその大規模なデータはかけた予算の見返りとして、多くの人に公開されるようになってきた。ヒトゲノムプロジェクトやスローン・デジタル・スカイサーベイなどだ。それが将来、知識を結びつけるデータネットワーク「データウェブ」になるはずだという。
オープンサイエンスのさきがけとなっているプロジェクト「ギャラクシーズー」や「フォールドイット」では、アマチュアの人々が科学の発展に貢献できる仕組みをうまく作っている。前者では大量の天体観測画像の中から新種の銀河が発見され、後者ではたんぱく質の構造を予測するための仕組みをゲーム化して、正確な折りたたみ構造を解明しようとした。このような科学の民主化によって、社会における科学の役割も変わっていくだろうという。
他にも、科学の分野でのオンラインコラボレーションの実例や、いろいろ示唆に富む問題提起など多数ある。ネットの意見なんて眉唾だと思っている理工系研究者はだまされたと思ってぜひ一度読んでみるといいのではないかと思う。オープンサイエンスが普通になる社会、夢物語かもしれないけど、世界がこの方向に進んでいくことに賭けたいと思う。
2100年の科学ライフ
- 作者: ミチオ・カク,斉藤隆央
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2012/09/25
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物理学者の視点で100年後の世界を予測するとどうなるか。
いわゆる未来学者や経済学者の予想だと、どうしても現在の進歩をそのまま延長して線形的に予測してしまいがちであるが、ここでは指数的な進化や非線形的な進化をすると思われるものや、テクノロジーの進化に物理法則による限界が存在するものを考慮に入れているところが面白い。特によく出てくるのが半導体に関するムーアの法則で、これによってチップ(≒計算能力)が指数的に増大することで得られる世界像を予想しつつ、量子力学的な限界からいつまでも続くことではないことも言及している。
また、どんなに技術的には可能であっても人間がそれを選択しない場合があることについても述べられている。それは「穴居人の原理」という形で示されていて、獲物の証拠を求めたり、直接会いたがったりすることが、10万年以上前から人類がずっと持ち続けている特質であるとした。いままでの技術もこの原理に合うものが受け入れられてきたし、これからもそうだろう、という著者の視点は斬新で非常に面白かった。予測されているテクノロジーの一つ一つはすでに研究室レベルでは実現されているものも多いが、それが実現するかどうかはこの原理、そして社会が投入できるコストに依存するとのこと。
20年後ぐらいまでの近未来、2070年ごろまで、そして2100年ごろ、と3段階に分けて予測していて、2100年の時点での予測にいたるまでの経緯がわかるようになっている。近未来はほぼ線形で近似できる予測、その後に進化に限界があるものや、ブレイクスルーがおきるものや、目指す方向性が変わるもの、などがあってその結果として見えてくる2100年の世界にわくわくする。
扱っているテーマは、コンピュータ、人工知能、医療、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙旅行、そして富。個人的に面白かったのは、原子レベルの物質のデザインができるようになって、100年後には何でも作ることができるレプリケーターが実現するという予想と、エネルギーは磁気の時代になって移動に関するコストが大幅に縮小するという予想。ぜひ実現していてほしいし、その世界を体験してみたい。
どこまで予測が当たるのかわからないが、5年後、10年後に読み返してみたい本だ。
ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」
ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
- 作者: アポストロスドキアディス,Apostolos Doxiadis,酒井武志
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2001/03
- メディア: 単行本
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連休中に久しぶりに小説を読む。
数学者を題材にした小説は多数あるが、問題が解けたときの喜びではなくて、解けないときの苦しみをここまで表現しているものは少ないのではないだろうか。自分の才能を信じて、難問にチャレンジしようとする意気込み、誰かに先を越されてしまうのではないかという恐れ、そしてうまくいかなかったときの絶望。誰もが経験する感情でもある。しかし数学者の場合は特に自分の能力の結果として受け入れなくてはならず、まさに精神を削る営みであるということが主人公の伯父さんの告白を通して語られていて、引きずり込まれる。その伯父さんはゴールドバッハの予想が解けなかったことの言い訳をあるものに求めるのだが、それは・・・ネタばれなので伏せておこう。
カラテオドリ、ハーディ、ラマンジャン、チューリング、およびゲーデルなど20世紀前半の実在の数学者も登場しているので、まるでノンフィクションのようにも思えてしまう。もちろん脚色はあるだろうが、実際の知られているエピソードから想像される性格そのままにこの小説にも登場している。
主人公の父親が物語の最初に言った「人生の秘訣とは、達成可能な目標を定めることだ」を物語の最後に主人公の友人が繰り返すが、その言葉から感じる印象が大きく変わってしまっていた。
この世で一番面白いミクロ経済学
この世で一番おもしろいミクロ経済学――誰もが「合理的な人間」になれるかもしれない16講
- 作者: ヨラム・バウマン,グレディ・クライン,山形浩生
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2011/11/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ほとんど漫画なので、あっという間に読めてしまうが、ポイントはおさえていて大事なことは頭に残る。はじめにミクロ経済学の教科書があってそれを漫画化したのとは違う。漫画ということを前提に、どうすれば面白く表現できるかを最適化した結果がこのテキストだと言っていいと思う。
普通の教科書だと、用語の定義や経済の法則の説明の羅列的になるところ、ここではミクロ経済学の大きな問題
個人にとっての最適化の結果が、集団全体にとってもよい結果になるのはどんな場合?
に取り組むための手段として、いろいろな理論が説明されていくので、知識が断片的にならず、問題意識を持って読み進めることができるのがすばらしい。特に「コースの定理」と需要供給曲線と限界費用と限界便益の曲線との2面性の説明はとてもわかりやすい。
理論的な内容を説明するときはどうしても一歩ずつ定義的な説明をしてしまいがちになるが、うまい比ゆと図式を使えば、すぐに本質へたどり着くことができる。自分が書く立場になったときにも参考になりそう。
非対称の起源
- 作者: クリス・マクマナス,大貫昌子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/10/21
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サイエンスの本で面白いのは2種類あると思う。ひとつは難しいとわかっているテーマ(素粒子とか遺伝子とか)について、新たな知見を与えることで、そのテーマをさらに深く掘り下げていくもの。もうひとつは、別々のテーマのものが思わぬつながりを持っていることを気づかせて、知的領域を広げてくれるもの。後者のタイプのものが好きな人にはこの本はとても楽しめると思う。
対称性がある法則は美しいと考えられている。一方で、右利き左利き、右脳左脳、アミノ酸の光学異性体、素粒子物理学における対称性の破れ、といった非対称な現象も数多く見られる。非対称な事例を数多く集めて、網羅的に解説するとともに、一見無関係な事柄の間の関連を見出すことによる面白さがこの本の魅力である。
興味深い仮説が2つ述べられていたので紹介しよう。
ひとつ目は、弱い力のパリティが保存されないことから来る非対称性から、L型アミノ酸の優位性が説明できるではないかということ。L型アミノ酸の優位性が地球上の進化の過程で偶然に起こったものではないことは、宇宙から飛来した隕石に含まれるアミノ酸についてもL型が優位であるという分析がなされていることからも推測されている。ただし、宇宙全体でL型アミノ酸が存在するところは局所的で、太陽系がその場所に含まれているだけだという説もある。この場合は中性子星が発する円偏光された放射線がその原因ではないかと考えられている。
ふたつ目は利き手に関する遺伝的モデルである。C遺伝子とD遺伝子があるとして、CC型の人は右利き、左利きになる人は50%ずつ、DC型の人は、右利き75%、左利き25%、DD型の人は右利き100%になる。このモデルで一卵性双生児の10~20%が右利きと左利き一人ずつからなること、両親の一人が右利きでもう一人が左利きのときに子供が左利きになる割合が、両親が二人とも右利きのとき、二人とも左利きのときの割合のほぼ中間になることをうまく説明できるのだそうだ。
それをお金で買いますか 市場主義の限界
お盆の時期に、前から気になっていた本を読むことにした。マイケル・サンデルの「それをお金で買いますか」。白熱教室の印象から、読者へ哲学的な問いかけをしていくようなものを想像していたけれど、もっと切れ味鋭く、経済学に対する強烈な問題提起であった。金融工学が華やかなりし頃には、何でも市場で取引できて証券化できるような気にさせられたけど、リーマンショック以降は市場の限界が叫ばれるようになった。これを単なる流行や、景気の波と同じように考えずに、もっと本質的な倫理や道徳と関わって考えたのがこの「それをお金で買いますか」だ。
お金で買えるものかどうかの議論の対象となっているのは、行列に割り込む権利(ファストトラック)、行列に並ぶ商売、成績の良い子に払うインセンティブ、カーボンオフセット、売血、デスプール(人の死を対象にした賭け)、ネーミングライツ、など。こういうものを取引することのうしろめたさを経済学はうまく説明することができない。曰く、売る人と買う人の双方の効用が高くなるのならば、それは善だ。サンデルは道徳、名誉や尊厳を市場で売買するのは腐敗であるといい、インセンティブは人に良い行いをさせるために最も効果的な方法ではないという。また、腎臓や血液を市場で売買できるようにすると、結果として貧しい人たちを食い物にするという公正さの面からの問題も指摘している。
税金や景気の研究だけでなく、人間の行動まで予測できるといったり、今まで売買できないと思われていたものまで市場で売買する方法を与えたりといった、経済学の傲慢さに対する反論でもあろう。一方で経済学の立場からすると、道徳の影響がまだモデルにきちんと反映されていないからだ、ということなのかもしれない。市場に限界はある、それには同意しても、限界がどこかについては、諸説あるだろう。その限界は超えてはならない一線なのか、それとも克服すべき限界なのか、それても超えたくても超えられない究極の限界なのか。。。
白熱教室と同じく、この本にも答えはない。自分で考えなければならないが、考えるための貴重な道しるべになる。